エバークエスト 連合帝国の興亡

 ここ一週間ほどはずっとこの本を読んでいた。以下、用語はカタカナ表記で統一する。

 タイトルにある通り、かつて隆盛を極めたMMOGの金字塔、Ever Questの小説だ。あとがきによると、海外で4作創られたものの2作目を抜き出して翻訳し出版したとのこと。4作ともそれぞれ独立した話となっており他の作品との関連性は無いとの話なので、別に1冊目を読んでないと話が分からない、ということにはならない。ただ、最後まで読んだ感想としてありきたりだが、読み手を選ぶ小説と言わざる得ない。第一の理由は、小説の日本語化に当たって全くゲームのことを知らない人向けに、ゲーム内の用語を日本語に置き換えているのが悪い方向に働いていると強く感じた。これは例えばDiabloの日本語版パッケージのトンデモ翻訳に近い出来だと言える。直訳に頼りすぎているきらいがある翻訳文にも問題は多い。多いときには見開き1ページ以上にわたって地の文が続くにも関わらず、驚くほど読み進めるのが辛い。誤植、脱字も見受けられた。かつてEver Questをプレイしたことのある人ならばニヤリとさせられるネタがそこらじゅうに溢れているのだが、これを素直に薦めれるものかと問われると少し迷う。

 話のメインはクラッシュボーンにいるD’Vinという名前、あるいは通称:土瓶と呼ばれていたダークエルフやフリーポートにまつわるお話。ゲーム内より遥か昔の時代、型月に負けるとも劣らない俺TUEEE厨スペックの主人公アータルタールが、連合帝国を利用して自分の目的を達成せんとする一連のストーリーをかなり駆け足にまとめている。主人公のあまりの強キャラっぷりに、感情移入は難しかった。これが読み手を選ぶ第二の理由だ。まさにEQプレイヤーによるEQプレイヤーのための小説なので、読むなら気合を入れたほうがいい。

 小説前半の舞台となるのはフェイドワー大陸。そしてフェイダークの森とクランクラッシュボーンだ。昔話をしよう。

 私が初めてEver Questというゲームのノーラスという世界で作ったキャラクターは、ダークエルフのネクロマンサーだった。ダークエルフでネクロマンサーというだけで、ご飯三杯は食えそうなコッテリした設定は当時の私の心を鷲掴みしたが、一方私はこんなゲームは初めてだった。生れ落ちたのはどこかの要塞の中ということは分かったが、真っ暗な世界とどこまでも続くレンガの地面と迷宮のような都市のせいで、私が迷子になるのにはさほど時間はかからなかった。誕生して1時間を最初の街からの脱出に費やされた私は、生まれた地点への戻り方すら分からず、ついに自力での脱出を諦めた。そして最後の手段としてレンガで出来た城壁の壁から真っ暗で底が見えない地面に向かって身投げした。即死だった。

 とにかく死んだ。死んでリスポーンした私は今度こそ真っ直ぐ出口に向かって進んでいった。今度は比較的簡単に外に出ることが出来たが、最初は本当に外に出れたのか画面を疑った。ネクロチェロスの森に光は届かない。とにかく出歩いてみようと歩き出した私は、しばらくすると水に落ちた。泳ぎ方も知らなかった私はそのままずぶずぶと沈み溺れ死んだ。こうして私は再び初期地点へリスポーンした。もう何もかもが嫌だった。薄暗くて何があるのかよく分からないダークエルフの街もそうだし、ネクロチェロスの森はもっと嫌だった。私はダークエルフでネクロマンサーなのに。

 キャラクター選択画面まで戻った私は即座にダークエルフのキャラクターを消去した。そして正反対の、ハイエルフのクレリックで再びノーラスの大地に立った。

 今度は明るかった。とにかく最高だった私は、フェルウィズの街中のNPCに話しかけてまわった。途中、地面をチョロチョロ走り回っているネズミを退治するクエストを受けたりしながら、私はどんなNPCがいるのか、どんな物を売っているのか調べた。それからクエストを適当に引き受けてフェルウィズの街を飛び出た。エルフは森に住む。その点に関してはダークエルフもハイエルフも似たもの同士だった。フェイダークの森は薄暗かった。それでもネクロチェロスの森を経験した私にとっては、ずっと明るくて見通しの良い森だった。コウモリ相手に初めての戦闘をこなし、トレントを退治して数十分が過ぎ去った。私はいくつかレベルも上がり、そろそろフェルウィズの街の近くから、もっと森の深部に分け入る必要性を感じていたところ、背中から突然緑の何かに襲われてあっという間に死んだ。チャットログに残った名前からOrc Pawnに襲われたのだと分かった。それから私の狩りのターゲットにはOrc Pawnも含まれるようになった。同時に複数を相手取って戦えるほどクレリックは一人で戦うことには向いていないのは次第に分かった。私は森の奥へと分け入りながら、Pawnクラス以外のオークを避け、出来るだけ1対1で戦える相手を慎重に選びながら突き進み、ウッドエルフの初期地点であるシャドウウッドキープの樹上街へと滑り込んだ。

 その後、シャドウウッドキープを拠点に戦い、レベルアップする度にフェルウィズまで戻って新しい魔法を覚えることを繰り返した私は、途中知り合った他のプレイヤーとパーティを組んで敵を狩ることを覚えた。私はクレリックだったので、主な仕事はヒールだったが、ソロでも互角に戦える敵を相手に二人で戦うと、その殲滅速度のせいであっという間に周囲の敵を平らげてしまった。明らかに敵の数が足りないにも関わらず、周囲には他にもプレイヤーが溢れ、リスポーンを繰り返す敵はもはや争奪戦の様相を呈してきた。パーティは解散され、私は考えた。もっとスリルを味わえる相手はいないものか、と。その時チャットチャンネルにCCB行きパーティにヒーラー募集という呼びかけがあった。CCBが何なのかはよく分からないが、自分のレベルと職業がクレリックだということをメッセージで伝えるとパーティへの招待が行われた。シャドウウッドキープへ集まった5人の面子は一路CCBへと進んでいった。よく分からなかった私は言われるがままに仲間の背中についていったところ、フェイダークの森でもオークを見かける頻度が高い地域を抜けた先に切り立った崖を切り抜いたような巨大な洞穴とその正面に二人のオークの見張りと松明が据えられている場所へやってきた。尋ねてみると、ここが略称CCB、クランクラッシュボーン(クラッシュボーン氏族)の要塞というダンジョンの入り口だという。

 初めてのフルパーティ規模の戦いはとても楽しかった。ウォーリアーのヒューマンが敵のオークの注意を引き付けて攻撃を一身に防いでいる合間に、背後から忍び寄ったウッドエルフのレンジャーが高いダメージを叩き出す攻撃を繰り出し、私や他のスペルキャスターは少し離れた場所から彼らを援護した。最初はお互いの能力を計りながら敵を捌いていたが、次第に息の合ってきたパーティは一度に複数のオークを同時に相手取るまで大胆になっていった。入り口のオークだけでは物足りなくなってきた頃、パーティメンバーの一人が要塞のもっと奥へ行くことを提案した。実力的にも稼げるExpにも満足できなくなってきた私たちは、二つ返事で要塞の奥へと進んでいった。洞穴を抜けた先は開けた丘でいくつかの川が流れていた。キャンプチェックをしてみたところ、小屋が空いているということなのでそちらへ向かって進んでいった。私よりも他のメンバーのほうがレベルが高いこともあって、手を引かれた子供のように連れられていった。小屋と呼ばれるオークの、一種のリスポーンの溜まり場はNamed Mobこそいなかったが、経験値はおいしい場所だった。すっかり腰を落ち着けてしまった私たちは、その後何度か半壊の憂き目に遭いながらもその日、数時間を楽しく喋りながら過ごし、私は彼らから色々なことを教えてもらった。特にヒューマンのウォーリアーが、実は海を渡ってここまでやってきていたのだと聞かされたとき、海を渡るには数分か数十分に一本しかない大陸間航行の巨大な船に乗らないといけないことを聞いたときは驚いた。

 その日パーティは解散したが、次の日からログイン後CCB行きパーティに空きがないかチェックすることが私の日課になった。比較的需要の高いヒーラーというクラスの性質上、私はパーティに入るのにさほど困ることはなかった。パーティの集まったメンバーに当たり外れはあったが、上手くいかないときは原因は明白だったので気持ちを切り替えて次のパーティを当たることにした。それからCCBの丘を駆けずり回り、色々な場所でキャンプを張った。キャンプポイントを覚えたら、私自身がパーティを募集してクラッシュボーンへと向かっていったこともあった。ほとんどの野良パーティでは、まずヒーラーが見つからないことが早期解散の最大理由だったので、私がリーダーを務める以上、他のパーティによくあるヒーラーがいなくて話が流れたということも少なかった。ついにクラッシュボーンの敵も物足りなくなった頃、クラッシュボーン要塞中心部の玉座の間でキャンプを張りながら、私はパーティメンバーにもっと楽しいダンジョンはないかと尋ねた。彼は言った。アンレストが君(クレリック)にはピッタリだよ、と。

 名残惜しかったがクラッシュボーンに別れを告げ、私は一路フェイダークの森を西に抜け、ブッチャーブロックマウンテンへと足を向けた。その先にあるアンレストを目指して。

 私にとってクラッシュボーンはEver Questの中でもとりわけ思い入れのある場所だ。例えばハーフリングプレイヤーがミスティの森やラニーアイにノスタルジーを感じるように。ヒューマンのプレイヤーたちがビフォールンに苦い思い出を詰めているように。フェイダークの森とクラッシュボーンは原点なのだ。その後いくらネットゲームを遊んでも、どんなダンジョンに挑んだとしても、かつてクラッシュボーンで感じた高揚感を超えることはなかったし、Ever Questで攻略したダンジョンに勝る思い出を他のゲームで見出すことも難しかった。それは初期体験であることと、既にEver Questが私の中で”思い出の中のもの”となって久しいため、美点ばかりが浮き上がってくるせいであることは否定しない。多分遊んでいたその瞬間は、そこまで頭が回っていなかったはずだ。ただ、ちょっと振り返るとすぐにこういう思い出を浮かべてしまうあたり、大真面目にこのゲームにハマっていた証だろう。

 エバークエスト連合帝国の興亡という小説は、こういう思い出をあることを前提に書かれている小説だと思う。もしここまで読んでくれて、この小説を読んでみたい気になってくれたら万々歳だ。Ever Questを知らない人はどうか最後まで投げ出さずに頑張れと。かつてのEver Questプレイヤーだった人にはいつかまたこうしたゲームで出会えることを願う。色々と未発達だった時代、インターネットは酔狂な人の道具で、そして日本ではマイナーなPCゲーム。今でこそアフェリエイト目当てでタイトル発表後、即ゲームのウィキが作られ情報の集積が行われる時代だけれども、何も無い何もかもが手探りだった不便と理不尽なゲームバランスで本当に、本当に楽しかった。

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