in the end

 いかん。早くもWoW飽きた。やっぱりDiabloにしても何にしても一過性の高いものでなければ私の場合長続きしないようだ。ここでDiabloの名を出したのはあれが強烈なリピート性を持っているにも関わらず全く私からしてみれば歯牙にもかけない存在でしかなかったことの例えである。WoWは例によって超ぬるぬるなゲームバランスとダンジョン攻略がやりたくてウズウズしている自分の計画性で作ったHealerキャラクターが思いの他過疎サーバーの弊害に撃沈された影響の二つによって、恐ろしく早く二度目の終了を迎えそうだ。
 この休日など寝食以外の十数時間を、先週は文字通り三日三晩不眠不休で遊ぶほどの熱烈ぶりだったのだが、飽き性の自分にはやはりMMOGは向いてないというべきだろうということを実感させられた。かといってOblivionのようなシングルRPGを遊んでも━事実上ラスボス、エンディングが存在しないが━途中まで遊んでModにもロクに興味を示さない人間にはコンシューマも無理だろう。自慢じゃないがこれまで遊んだコンシューマ機ゲームでエンディングを見たゲームはすぐにタイトルを挙げることができる。買っては半分まで遊んで放り投げ、次を買っては途中で放り出しそうしてこうして結局どれも最後まで続かなかった。今後もそうだろう。
 現実生活でもそうして連れをとっかえひっかえして最終的に評価は”八方美人”に落ち着いた。自分としてはその時の気分で付き合う人間を道具のように交換していただけなんだが…。そうやって自己評価をしているともういい加減人間やめたほうがいいんじゃないだろうかと思い出した。というか多分”人間”というコミュニティ及びアイデンティティに共感が持てないというのをひしひしと感じる。生まれ変わるとしたら人間以外の動植物になりたいね。人を殺すのに何か特別な理由がいるだろうか。僕はなんとなく殺したいから殺す、それでいいじゃないかと思うが世の中そうは問屋が卸さないらしい。
感情に踊らされているのはお前たち人間のほうじゃないのか?

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